カリフォルニア


by watashidakeiko
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今朝、ある女の子が私ともう一人の先生に、はにかむようにプレゼントの入ったバッグを押し付けた。

「これって??」という私に、送って来たお父さんが「心ばかりのお礼です。本当にお世話になって感謝感謝で、胸がいっぱいです。」と、言われた。口数の少ない、おとなしめのお父さんもそういった後、はにかむようにうつむかれた。

「えっ、そうですか。ありがとうございます。」と、袋から彼女が書いてくれた絵を出して見た。確実に、この子の絵から、成長が伺える。

というのも、この子は今4歳半なのだが、以前は絵を描かせるとぐるぐるの殴り書き。クレヨンを持つ筆圧もとても弱かった。
つま先立ち歩きが多く、椅子にはきちっと座っておられず、食事中立ち歩くことも多かった。ブランコに乗ると、普通に乗らずに、頭を後方に落として三半規管に刺激をあたえようとするか、あるいはプランコの紐をぐるぐる巻きにして、目が回るのを楽しむ。シャツを着せると、タグが気になり、ソックスをはかせると、ソックスの縫い目が気になってすぐに脱いでしまうのだった。
そして、後頭部の頭痛を訴えることが多く、ご両親は「下に妹が産まれて、手が回っていないので、気を引くために言っているのではないか」と、解釈されていた。以前の保育園では、反抗的な変った子と扱われ、わが園に去年の9月から入園になった。

観察をしていて、決定的に「治癒が必要」と感じたのはリンゴの皮むきを順番に子供達にさせていた時だった。右回りにレバーを回転させなければ皮は剥けないのだが、何度見本を示して「こっち向きにまわすんだよ」と言っても、不思議そうな顔をして反対に回すのだった。それがまるで、「だからちゃんとやってるじゃないの」とでも言いたげだったのだ。確かに反抗的と判断しかねない状況なのだ。

その晩、保護者に電話して観察した結果をすべて報告した。保護者の方ももちろんご存知の症状ばかりだ。「逆潮流(日本語でこういうかどうかはわかりませんが)が見られます。頭痛も出産時に何かの拍子で強く押されたからだろうと思います。シャツやタグが気になるのも、皮膚感覚のシステムが過剰に反応しているからだと思います。そして、三半規管の刺激伝達は反応が鈍く常に頭の位置を動かして、体がどこにあるのかの信号を送ろうとしています。」私は、観察したことをすべて話した。

「私は、医療の専門家でもなく専門用語も知りませんが、これからお伝えするドクターに電話していただいて、詳しく話してみて下さい。納得の行く説明が得られると思います。そして、クレニアル・セイクラル・セラピーを勧められると思いますが、この方は本当に効果をあげている人ですから、是非行っていただきたいです。」
これが2月のこと。そして、この療法に通い始めて2回目のセッションの後、彼女は、悲しいとき、痛い時に泣くようになり、絵に太陽のような、ミトコンドリアのようなものが現れた。そして、今日5月に受け取った絵には、小鳥らしい絵、リンゴらしいもの、四角く囲った家が登場し、線路のような背骨のような描写も登場した。

「こんなに、書けるようになったんだねえ。これは、小鳥だね。リンゴもある、うちもある。いろいろ書いてくれてありがとうねえ〜」と言ったところで、心と涙の栓が完全に緩んでしまった。保護者子供達約18人いるところで、「ああっ、うれしい〜。本当にうれしい〜」と、大泣きの私。アシスタントの先生と、お父さんと、3人で輪になってグループハグしながら、うれし涙を流した。

見ていた他の子供達や事情を知らない保護者は、呆然立ち尽くし!
それに気づいた私は、涙を拭って「誰だ!心の栓を開けたのは!全く!」と、言った後、朝のライゲンの歌を歌い始めた。

なんだか、とってもいい朝だった。
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by watashidakeiko | 2010-05-07 13:36
あっという間に1月8日。1月3日は保育園が始まる一日前で、準備に忙しく日記を書く暇もなく、月曜から園が始まるとあっという間に一週間が終わった。
その間、W君が最近人を叩くようになったので、W君を膝に乗せて「人を叩くことは絶対にしてはいけないんだよ。まだ、Wちゃんは小さいけれども、大人になって人を叩いたりしたら、大変なことになるんだよ」と、話した途端「でも、うちのパパとママは毎晩叩き合いしている。怒鳴りあい。物をなげあって。」と、告白された。子供は身の回りで起っていることを、すぐ真似する。「やっぱり」と内心思った。「大人は、大変だねえ。お金のこととかで、ママとパパが喧嘩することもあるよね」と、「おそらく」と思ったことを言ったら「毎晩そればかり。昨日は、パパが我慢できなくなって家を出て行きそうになったんだけど、僕が泣いて止めたからパパが出て行かなかったんだ」
Wちゃんを抱きしめて、「パパもママもWちゃんのことを愛しているのよ。私もWちゃんを心から愛している」と、ほおずりをした。「こんなに純粋で可愛い子供を苦しめるなんて」不景気な今、本当にたくさんの家庭でお金のためにこういう喧嘩をしている家庭はどのくらいあるのだろう。悲しんでいる子供達はどのくらいいるのだろう。
小さな体で大きなパパを引き止めているところを想像したら涙がこみ上げて来た。
泣いている場合ではないので、とりあえずW君に「思う通りにならないことがあったら、ケイコ先生に助けを求めていいんだよ。自分でなんとかしなくていいよ」と、話した。
別の日には、おやつの時間に指遊びをしていて、手話でアイラブユーをやってみせていたら、口々に「できない」とか「ほら見て、できるよ」とか12人の指をチェック。4歳半になると、薬指を一本たてられるようになる子がふえるのだが、3歳半のZちゃんは、それが出来るようになったと勘違いして大喜び。「みて、ほら、私これが出来るようになったの!!」T先生と私でじっくり見たら、右手で残りの指を押さえて、一生懸命真ん中の指を立てていた。「見て!見て!」
「チミ、チミ、それはアメリカでは“○uck You!”と言う意味ではないか」と、言いたいのだが、あまりにも純真に喜んで見せてくれているので笑いをこらえるしかない。一生懸命笑いをこらえて、ごちそうさまをして、お片づけをして、人形劇をはじめようと、ロウソクに火を灯し、歌を歌い始めたら、また思い出してしまった。歌声がうわずってしまったが思いっきり悲しいことを考えて、とりあえず「傘地蔵」の人形劇を始めた。「まだまだ、修行が足りない先生だな」と、反省。
朝のサークルの時間に、見えない雪を固めてみんなで雪だるまを作っている。こういう想像の世界にあっという間に入れる子供達。ふと「アメリカの雪だるまは、3つタマを重ねるけれど、日本の雪だるまは私と一緒で背が低くて2つのタマなんだよ」と、説明するとなぜが保護者に大受け!その後、雪だるまの絵を切ったり貼ったりで子供達が作ったら、何人かはアメリカの雪だるまの横に、日本の雪だるまをならべて作っていた。
「Qちゃん、風邪をひいているな」と、お昼寝で横になった途端に咳を始めた彼女か寝付くのを、横で彼女の髪を撫でながら見守っていたが、一度彼女の咳が私の手にかかった。「ちゃんと、手を洗わなければ」と、思ったが最近物忘れの激しい私。忘れてしまった。
子供の持ってくる菌は強力。翌日、のどの痛みで目が覚め、葛根湯、アクネシア、うがい、レモネードと蜂蜜、すべてを繰り返しても、全く今回は効果無し。そういう訳で、今日は休みだというのに一日寝込んでいる。保育士に風邪は厳禁。週末で直してしまわなければならない。

さて、スポック博士の本を開けてみよう。
5ページ、《自信を持ちなさい》と、大きな見出しに書いてある。そして、(1)「心配するほどはむつかしくない」というのが、最初の項目。
「ひとのいうことを、気にしないことです。専門家の言うことも、いちいち気にすることはありません。あなたが常識で考えることが、一番正しいのです。あなたがこうした方がいい、と思うことを土台にして、その上で、医者の指図をきくようにすれば、赤ちゃんを育てるということは、何もややこしことでも何でもないのです。
おむつを上手にあてるとか、ミルクを見事に作る、なんてことより、親としての愛情を素直に注ぐことの方が、ずっとずっと大切なのです」

確かに、ごもっともな記述なのだが、初めての赤ちゃんを手にした16年前の私を振り返ってみると、やっぱり「難しいよ〜!助けて!!」と、内心私はいつも叫んでいた。
なにせ、わからないことだらけないのだ。赤ちゃんが生まれるまでは、自分がちゃんと食事をしていれば、確実に赤ちゃんは大きくなり健康でいた。ところが、へその緒を、切ってしまったその時点で、赤ちゃんは別の存在になってしまった。なんと言う喪失感。おむつを変えたことがないので、助産婦さんにやってもらい、「すごくオレンジ色の赤ちゃんだなあ〜」と、思っていたら「お母さん、黄疸がでていますよ。すぐ処置しましょう」と言われ、お風呂のいれ方を一度習っただけでは、ツルツル滑って心もとなく、今まで、人に泣かれるという経験をしたことがないのに、我が赤ちゃんはすぐに「泣く」のだ。ようやく、寝たと思えば「この子,寝過ぎなんじゃないだろうか。起こした方がいいのかな?」と、気になり、起きて泣かれると「なんで、もっと続けて寝られないんだろう。おなかがすいたのかな。おっぱいが足りないのかな。」と、桶谷式のマッサージに通ったり。何をしても、「泣かれる」のだ。赤ちゃんなのだから泣くのは当たり前なのだが、「泣かれる」こと「続けてぐっすり寝られないこと」に慣れていなかった私は、本当に疲労困憊し無力感にかられていた。
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by watashidakeiko | 2010-01-09 12:29
1月2日
アメリカカリフォルニア時間の1月1に、始めたこのブログは、日本時間では1月2日にスタートした。4日からは、わが保育園の新学期がスタートし、毎日更新していくことができるのかどうか、全く自信がなく一年間で774項目すべてを読み、それに関して私感を書き公表することができるのか、そうすることに何の意義があるのかさっぱりわからない。おそらく、私が大得意とする「三日坊主」で終わるのではないか、という危惧はある。そして、意義のないことと判断したら、そこで終えるのもまた、良いのではないか、、というスタンスで今のところいる。ただ、毎日子供達と接する立場にいる保育士として、日々自己研鑽する必要を感じており、そして「思いついたから、始めちゃった」のである。

はじめに p4

スポック博士は、「この本は、病気の診断や手当の方法をかいたものではありません。ただ、こどもとは、いったいどういうものか、こどもにとって苦しいのはどんなことか、こどもはどんな風にしてやればいいのかといった、ごく一般的な心得を述べたものにすぎないのです。」と、述べいている。そして、「この本に書いてあることを、そのまま、鵜呑みにしてもらっては困る」「こどもは、一人ずつみんな違うし、親だって一人一人違うのが当たり前で、病気でも、しつけの問題でも、他のこどもとおなじにいかないのがふつうなのです。」と、書いている。
「初版の原稿を書いた」「1943年から1946年にかけて」は、まだ「一般的なこどもの扱い方については、まだ、ずいぶん厳格で、融通のきかない考えが、大勢をしめていました。その後,(中略)育児法についても、融通のきいた考え方をするようになってきました。私なども、そういった考えを大いに支持した訳です。しかし、世の中の考え方が大きく変わってくると、昔ふうな厳格主義は下火になりましたが、今度は逆に、こどものしたいままにさせるという考え方が、まじめな親をふりまわしはじめたのです。私が、この改訂の仕事をはじめたのも、そういった理由からでした。」と内容を改訂した理由の一つに、世の中の風潮、考え方の変化をあげている。

風潮というものは、大変おもしろいし、厄介なものでもあると思う。特に戦後、アメリカではミリタリー的な厳しいしつけの反動をうけ、「こどもを自由にそだてたい」「こどもは、何でも良く知っている」「幼児期から、物事を選択する権利を与えることが、自立心を高める」などの、記事、報道がもてはやされ、テレビなどマスコミの普及により大きく受け入れられるようになっていったようだ。日本では、敗戦に伴い一挙にアメリカ文化が導入され、古いしきたりを重きとせず、「自由」「平等」に一種のあこがれ感を伴い、子育ての仕方も「アメリカでは、xxxですって」「西欧では、xxxxしているようですよ」と、核家族による試行錯誤が始まった。
そういうタイミングで、この本は多くの人に読まれたのであった。
この中で、「こどものしたいままにさせるという考え方が、まじめな親をふりまわしはじめたのです」という記述が印象に残る。
まじめであれば、あるほど、本や風潮に振り回される。「〜〜教育」といった、教育方法に傾倒し、妄信し、家庭や自分自身を見失う人たちを私は、今まで見てきた。
この『はじめに』という項目で、スポック博士も言っているように、書いてあることを鵜呑みにしては、困るのだ。参考にして、吟味して、実行して、観察して、取捨選択して、自分なりの子育てを確立していくことが大切であり、その過程で母として、父として、保育者として学んでいくことが、子育て、親育て、自分育てのプロセスなのだろう。
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by watashidakeiko | 2010-01-03 09:45
年末、本の整理をしていた。今年の夏に「引っ越すから、この一箱もらってくれないかしら」と、友達がおいていった日本語の本が入った段ボール箱の中の一冊。

『スポック博士の育児書』ー The Common Sense Book of Baby and Child Care
著者:ベンジャミン・スポック
監修者:高津忠夫
訳者:暮しの手帖翻訳グループ   発行所:暮らしの手帳社
昭和47年4月1日第15刷

この本の原書は、アメリカの小児科医ベンジャミン・スポックが、1946年に刊行した育児書で、42か国語に翻訳され世界中で5000万冊販売され、1946年以降では聖書の次に売れたとも言われる。原題は「赤ちゃんと子供の育児の常識についての本」という意味。世界各国で幅広く翻訳され、日本は暮しの手帖社から1966年翻訳出版にされた本だという。
私は二児の母であり、保育の仕事をアメリカでやっているのだが、まだ一度もこの本を読んだことがない。
アメリカ人のお子さんの成長を助ける仕事をしているのに、この有名な「赤ちゃんと子供の育児の常識についての本」を、読んだことがないというのは、いかがなものだろうか。 その後、この育児書はアメリカ国内の流行の変化やスポック博士自身の思想の変化、科学的事実の変化を取り入れて改訂されて1998年の第7版まで改訂されているが、日本では1997年にアメリカ版の第6版までしか翻訳出版されていない。 私が手にしているのは、1957年に改訂された第2版の翻訳版である。高度成長期の日本の育児に広く使われた本である。

この一年間で、この育児書を少しずつ読み進め、アメリカでの育児、日本での育児、シュタイナー教育での育児などについて感じたことを書いていこうと思う。

私よりも少し年上の従兄弟は、スポック博士の影響をもろに受け「抱き癖がつくから、赤ちゃんが泣いていても抱き上げない」方針のもとにおばに育てられた。一人のアメリカの小児科医が書いた本が翻訳され世界中の若い母親たちが、それに従ったというこの本。いったい何が書いてあるのだろうか。読み進めるのが楽しみである。
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by watashidakeiko | 2010-01-02 13:26